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ルイヴィトンエピジッピーウォレットノワール編集

 という。  はや、膳部の前に座を構えて、杯をもつ、汁を吸う。箸を取る。また杯を挙げる。せわしいことであった。  三好武蔵守は、老母とともに、笑って見ていた。 「よほど御空腹で在《わ》せられたとみゆるの」 「ウむ、ウむ、またたくまに酒がまわる」  と、姉婿の武蔵守へ、杯をわたして、 「寧子。湯漬くれい」 「お酒は」 「あすもある。止めておこ。飯、飯」  今日の海上の寒かったことや、船中でもいろいろ馳走は並べられたが、こうして老母の顔を見、皆と共に喰う楽しみを予想して、努めて過ごさぬように、空腹を守って来たなどと、秀吉は湯漬を掻きこみつつ、興じ入って語りながら、ふと、箸の先にかけた蕗味噌《ふきみそ》を見、ちょっと、前歯で味わうように噛みしめて、 「これは、珍味」  と、また箸をのばした。そしてさらに、湯漬を一椀よけいに喰べた。  老母の眼もとは、うれしそうな波に刻まれて、給仕している寧子をかえりみて、 「お気に召されたようのう」    時に、その一月十八日前後、秀吉はどこで何していたかというに。——彼は、腹心わずか十数騎を連れ、安土から湖北へ繞《めぐ》って、江越国境の山地を忍びで歩いていた。  すでに柴田の先手を打ち、滝川討伐の檄《げき》を諸州へ発し終り、あれから直ちに長浜へ赴き、そこで軽装を調えて、北境の山岳地方へ廻ったものだった。  視察はこれで二回目である。年暮《くれ》のうち長浜を収め大垣を攻めたあの振旅《しんりよ》の帰途にも、秀吉はひそかに賤《しず》ケ嶽《たけ》から柳ケ瀬をあるいて京へ帰った。その目的が、柴田勝家とやがての決戦を期す必然な大戦場の実地|踏査《とうさ》にあったのはいうまでもなかろう。
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