ルイヴィトンダミエジッピーウォレット
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null 下から相変らず声が聞えている。 「はあー、その時は、入れて戴きます」  何処の家もラジオを掛け放しているようだった。冴《さ》えた月光の中に、ラジオの声だけが喧《やかま》しく雪崩《なだ》れこんでくる。放送はB29が波状で次々と侵入しているさまを教えていた。寝ころびながら、私はしばらく、月明のB29の機上の眺望を想像する。そう云えば、深夜の飛行機の旅はまだ経験がなかった。 「さーん。今夜のはどうも入って来る模様が、日本海の機雷投下のようですよ。新潟沖あたりらしい。ではお休みなさい」  下から又大声が響いてきて、雨戸を繰り入れる音がすぐ続いた。  内地の状勢に疎《うと》い私は感心して、隣の男の部厚い声をもう一度胸の中で繰りかえすのである。  五月十九日。私は西銀座の島尾大信氏の事務所を尋ねていた。驚いた。焼け残った一劃の三階建を借り受けたのか買い取ったのか、大理石張りの大掛りな改築工事を始めている。みんな家財を売って逃げまどっているというこの空襲の唯中に、相変らず島尾大信流だと、面白かった。  大信氏とは十五年ばかり昔に、同人雑誌をやったことがある。私の二十二歳の春のことで、学生というより不良少年だった私をこの大信氏が態《てい》よくかどわかして、文学などという方途《ほうず》もない世界に抛《ほう》りこんだのだ。同人費は百五十円だったと記憶する。尤《もつと》も私の知合いの家に同行して二百円ばかり借り足したから、同人費は三百五十円ということになったのか。  なにしろどえらい雑誌をたった一冊だけ作り上げた。この島尾大信氏という人物は今でも私には正体がわからない。驚く程の事務家である。又驚く程の精力家である。但しその目標が何にあるのか、必ずその目的から逸脱して途方もない方向に運行する。  運行しはじめると、その行先がどちらであれ、執拗《しつよう》、熱狂的な奮闘である。  だから、たった一冊だけ出た同人雑誌だが、当時の文芸春秋よりは遥に豪華精巧な編輯《へんしゆう》振りだった。単行本附録附の雑誌である。全部大信氏の執拗熱狂的な編輯に成ったものである。私のような、原稿紙の枠《わく》を埋める作法も知らなかった人間の最初の小説を無理やり掲載して、一体どうする心算《つもり》だったろう。  が、そんなことはもともと氏の念頭にはないらしい。何《いず》れにせよ、大信先生が目論《もくろ》んだ不思議な雑誌によって、私は否応なしに文学という世界の中に抛り棄てられた。その小説の発表から、私は古谷綱武を知り、更に尾崎一雄氏を知り、太宰治等と会っている。  ところで、当の大信氏は一冊の雑誌を出し終ると、例の運行の行衛を変えた。文学なぞ何処かへ消しとんだのである。何か夥《おびただ》しい男女を自分の家に寄食させていたことがあった様子だが、何を目論んでいたのか私は今以てわからない。  最後にこの「精研株式会社」の設立である。火災保険で八十万円入ったというのは仄聞《そくぶん》したが、こんな大胆な工事に取掛っているとは知らなかった。例の通り、豪快の如く、細心の如く、実業の如く、虚業の如く、一オクターヴ甲高い声で傍若無人に私を歓待してくれるのである。  ビールを山の如く林立させている。大信氏は裸でペッペッと痰壺《たんつぼ》に唾を吐きながら、 「空襲の真最中に、大理石などを張りはじめて、島尾大信、気が狂うたというものがおりますが、どうですな?」 「いや、これは成功でしょう」