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null  それから二た月が過ぎた。  水島は石田幹夫の偽名を使い、新宿でスーパー・マーケットを経営しているという触れこみで、青山南町の五丁目に、“グリーン・コーポラス”というマンションの一戸を借りた。  地上九階、地下二階のそのマンションは、表参道から青山墓地に抜ける道路に面していた。  地上一、二階が貸し店舗、三階から五階までが賃貸し式の住居、それから上が買取り式であった。  水島の部屋は五〇六号、二年契約で家具付きであった。三部屋と浴室がついている。  そこを借りるとき、ナンバーを銀行関係に手配されている一万円札を使うわけにいかなかったから、権利金や敷金には五千円札を使った。女房の目をかすめて作ったので細かい紙幣になってしまった……と、水島が呟いてみせると、仲介の不動産屋は、ごもっとも、とうなずいた。  水島は田園調布に離れを借りている佐々木家には、この頃は出張が多くなって、と弁解して、週に二、三度はマンションに泊るようになった。  居間のソファに体を投げだしていると、二十五ミリの分厚い窓ガラスにさえぎられて、下を通る車の騒音はほとんど聞えない。水島はドライに作ったマルティニを|舐《な》めながら、次の犯行の計画を検討した。四月に入った日曜のことであった。  現金輸送車を襲った事件のほうは、迷宮入りになる可能性が多いと伝えられてから一カ月がたつ。東和銀行の庶務係の足立を襲って情報をとったことは、新聞にもテレヴィにも出ないまま過ぎた。しかし、実際は足立が警察にしゃべっていて、水島が再び足立に近づくのを刑事が待ちうけていることも考えられるので、水島は二度と足立に接近しなかった。  ソファの横のテーブルに、一流から三流までの経済誌から切取ったスクラップ・ブックが置かれていた。  切抜きは、板橋にある東日信用金庫の理事長松野光一を扱った記事を集めてあった。一流誌はあまり露骨な書きっぷりでないが、二流、三流誌の多くが、松野が東日信用金庫を私物化し、愛人の手当まで信用金庫の公金で払っていることは|勿《もち》|論《ろん》、わけのわからぬ会社に次々と貸しつけては焦げつかされているが、それらの会社のなかには松野のトンネル会社があるのではないか、と書いていた。  二流、三流の経済誌のうちの少数は、松野に買収されたらしく、松野擁護の|提灯《ちょうちん》記事を載せていた。  つまり——松野の父は東日信用金庫の前身である西板橋信用組合の組合長であり、昭和二十六年の信用金庫法によって東日信用金庫が発足してからは松野光一がずっと理事長の椅子に坐り続けているし、理事たちも松野一家なので、とかくワンマン振りが|噂《うわさ》されるのは事実だが、松野自身は人格高潔、預金者の利益を守るために身を粉にして奮闘している、というものであった。  階下のレストランに注文しておいた昼食が運ばれてきた。水島はエビをすり潰したスープ、|合《あい》|鴨《がも》の蒸し焼き……と、ゆっくり平らげていきながら、今ごろ松野は、まだ中村|玲《れい》|子《こ》の部屋で鼻の下をのばしているだろうな、と唇を|歪《ゆが》めた。  一と月半ほど前から、水島は松野をひそかに尾行しはじめたのだ。松野は用心深く、勤務時間を過ぎると、信用金庫の自分の運転手も信用しないでタクシーを乗り継ぐほどであったが、単車で尾行する水島には、かえってそのほうが楽であった。理事長専用のビュイック・スペッシャルのあとばかし追っていたら、松野より先に運転手のほうに気づかれてしまう。  尾行をはじめる前に、水島は偽名を使って、巣鴨にある経済興信所に、東日信用金庫の内容の調査を依頼した。  調査といっても、その興信所は突っこんだところまで調べるだけの能力は持ってないから、報告書はすぐに出来あがった。