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2015-01-24 00:00    ルイヴィトンヴェルニ財布コピー
「二十人ほどの死刑囚に執行の言い渡しをして、その執行に立ち会いましたから、自業自得といえばいえるでしょう」  ドクターストップがかかっている身でありながら、話せる限りのことを話してくれようとするKさんに対して、ちょっと後ろめたい気持ちになった。 「言い渡しといっても、私の場合は、『残念だが、お別れだよ』と言うのがやっとでした」  意外であった。法務大臣が署名押印した執行命令書を律《りち》儀《ぎ》に読みあげるものだとばかり思い込んでいたのだ。Kさんに会うまえに何人もの教《きよう》誨《かい》師《し》、元刑務官に会って聞いた限りでは命令書を所長が読みあげた、ということだった。ある死刑囚の遺書にも、読みあげたという一文があった。この死刑囚は十八歳になったばかりで事件を起こした。警察官をライフル銃で撃ち死に至らしめたものである。三審とも矯正の余地がないので、死刑以外考えられないという判決。二十五歳で処刑されてしまった。前日言い渡しの習慣があった時代の東京拘置所において、罪を悔い、仏教に帰依したこの死刑囚は言い渡しを前日受けた。その夜、ほとんど寝ずに遺言を認《したた》めている。そのなかに「なんじ死刑に処すと読みあげた。……つまり言い渡しである。——」  という一行があった。 「読みあげる人もいるでしょうが、私にはとてもそんなことはできませんでした」  Kさんは寂しい笑いを浮かべた。どの死刑囚も必ず決まってこの瞬間には、顔面の筋肉をひきつらせたという。しかし、大阪で前々日、東京で前日の言い渡しを受ける死刑囚は、死刑囚としては模範死刑囚である。宗教に帰依し、苦悩から解放され永遠を目指す境地になっている死刑囚ばかりである。崇高といえるわれわれ一般のものがおよびもつかないような立派な人間ばかりである。 「こんないいやつを、どうして生かしていてはいけないんだ、と、いつも悩みました。苦しかったですよ」  たとえ立派な人間に生まれ変わっていないにしても、殺してしまうことはないではないか、とKさんはいう。真の人間性に目覚めずにいる死刑囚がいたら、それは死刑囚が悪いのではなく、目覚めさせられない側の責任であるのだともKさんは考える。 「いよいよ執行のとき、『お世話になりました。ありがとうございました』と言って握手を求めてくるんです」  さしのべられた手を握り返しながら、Kさんは身の置きどころのない思いに暮れた。言ってやる言葉がない。  拘置所長であるKさん、検察官、検察事務官、その他拘置所職員らが立ち会って、宗教儀式を終えた死刑囚が死刑台へ導かれていく。  Kさんは死刑囚が死刑台に立ったと認められた瞬間に、堅く目を閉じる。合掌して、その後につづく数秒間をやり過ごした。死刑囚の首にロープがかけられる様子、奈《な》落《らく》に吊《つ》るされる瞬間をまともに見たことは一度もない。  それでも夢《ゆめ》枕《まくら》に現れる死刑囚は宙吊りになってきりきり舞いをしている。宙を泳ぐように足が空をむなしく探っている。こんな夢を見る夜は、決まって狭心症の発作に苦しんだ。   恥ずかしい制度  拘置所長という立場は、死刑囚舎房担当の刑務官のように、日常的に死刑囚と馴《な》れ親しむことはない。死刑囚と直接相対することはきわめて稀《まれ》である。死刑囚の側から「所長面接願い書」が提出された場合のみだ。それも、面接する必要を拘置所側が認めた場合に限ってである。けれども、日常的に親しくなかったからといって、人間ひとりの生命を破壊するのだ。国家権力が認めた合法的殺人である。立ち会う面々、執行官はむろんのこと、いっさいのだれにも殺人の動機はない。いや、動機がないばかりではない。殺人はいやなのだ。いま殺されようとしている死刑囚を、なんとか助けたいと立ち会っているだれもが希っている。不本意でありながら、おごそかな儀式でも行なうように法という名のもとに殺人が遂行される。 「人間として、こんな恥ずかしい制度はないと思いますね」