chanel マトラッセ 指輪
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null「たいしたことないと思っていても、死んじゃう人はパッと死んじゃいますし」白衣の襟をいじりながら言った。 「そうですね」  目をあげると、裏山の木々が陽光をふんだんに受けて、沸《わ》き返るように蒼々《あおあお》と生い茂っている。  広瀬由起がフェンスを離れたので、榊も随《つ》いて歩きながら、 「患者の妄想がかれに伝染しそうになった、と院長は言っておられたけれど、その話は知っていますか?」  と訊いてみた。 「ああ、五十嵐さんの妄想のことですね?」 「その患者を、院長が隔離してしまったそうですね」 「ええ、院長先生らしくないご処置なので、あのケースについては、わたしもちょっと驚きました」 「……パラフレニー、ということかな、その患者」  妄想を主症状とするパラフレニーという病気。これを、妄想型の分裂病のなかに含めて考える医師もいるが、すこし違うという医師もいる。 〈話の作られ方がひじょうに緻密《ちみつ》に体系化されていて……〉  と院長が言ったが、それがパラフレニーの特徴だ。  一方で、情意障害は分裂病にくらべて少なく、人格荒廃には至らない。 〈人格荒廃の様相はさほどひどくなくて、一定のところで止まっている〉  という院長のもうひとつの言葉も、これに合致《がつち》している。  院長は分裂病の概念を広く捉《とら》えるタイプの医師なのかもしれない。 「回想録を書いてるんですって」