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ヴィトンファセット編集

 と、啓造が抱きとめると、女の子は陽子だった。幼い陽子を抱きあげると、盛りあがった胸が啓造の胸をおしつけた。ふしぎに思って陽子の胸をまさぐると、豊かなまろやかな乳房が指にふれた。啓造は思わず、その胸に唇をよせると、たちまちさっと黒い幕が二人の間をさえぎって、啓造はおどろいて目がさめた。 (夢か)  いま夢の中でふれた豊かな乳房の感触が、まだなまなまと指先に残っている。夢とは思えなかった。ふれた乳房が、陽子のそれであることに、啓造は深い罪をかんじた。陽子が中学生のころ、シュミーズ一枚でデッキチェアにねむっていたことがあった。その時の陽子のあらわな太ももを、啓造はおりおり思い出すことがあった。それはだれにも語れない、しかしひそかな楽しみでもあった。だが、いま見た夢には底深い罪のにおいがあった。「不倫」という言葉を啓造はつぶやいてみた。  三時ごろでもあろうか。短い夏の夜は既にしらみかかっている。部屋の中がぼんやり見えている。夏枝の規則正しい寝息が、清潔で健康に思えた。妻にもいえない夢をみて、人のまだねむっている時間に目をさましている自分が、啓造は恥ずかしかった。 「世の男は、自分の娘の胸をまさぐる夢をみることがあるだろうか」  そんなあさましいことは、だれにもたずねようがないと啓造は自嘲した。啓造は寝そびれてしまった。このごろ啓造は目がさめると、床の中にゆっくりしていることができなくなった。そっと床をぬけ出すと、夏枝が寝返りをうった。  顔は定かには見えないが、啓造はふいに夏枝がいとしいと思った。いとしいというより、あわれといった方がよかった。夏枝があわれなのか、夫婦というつながりがあわれなのか、啓造にもよくわからない。  一つの部屋に、こうして一人の男と一人の女がねむっていることがふしぎでもあった。一つ部屋にねむるということは、心ゆるしていることでなければならなかった。夫婦ではあっても、心の中に何をかくして生きているかはお互いにわからない。あるいはただ憎しみだけしか持たずに生きている夫婦もあるのではないかと、啓造は思った。一つ部屋にねむっているという、平凡なこの事実がひどく啓造の心にこたえた。陽子の夢をみたためかも知れなかった。  啓造はそっと寝室を出て、書斎に入った。書斎の窓のカーテンをあけると、すでに外はすっかり夜が明けていた。ふいに空から黒い小石がひとつ落ちてきた。おどろいて窓をのぞくと雀だった。めまぐるしいほど敏捷に雀は餌をあさって飛び立った。次にまた、さっと二羽の雀が庭に降りた。活気に満ちた雀の動きを見ていると、啓造はいかにも自分がじだらくに見えた。 (こんなに命いっぱいに生きているだろうか)  ふたたび啓造は陽子の夢を思った。その時、思いがけなく林の中から人影があらわれた。陽子だった。啓造は夢のつづきを見ているのかと疑った。陽子は啓造に見られていると気づかずに林の入り口で立ちどまった。  水色のブラウスに、紺のチェックのスカートをはいている。長い形のよい足を啓造はみつめた。陽子は腰をかがめて何かを拾った。落ち葉でも拾うような、そのしぐさに乙女らしさがあふれていた。立ちあがると、陽子は林に沿った小道をゆっくりと歩いて行った。  林の中には、いくつかの小道があって、いま、陽子が歩いて行った小道はムラヤナ松の林につづく道である。 (まだ四時になっていないではないか。こんなに早くから陽子は何をしているのだろう)  陽子がふたたび立ちどまるのが見えた。下半身は草におおわれて啓造からは見えない。立ちどまって陽子は何か考えているように見えた。 (何か悩んでいるのだろうか)  啓造は今しがたの陽子の夢を思い出した。自分が蒲団の中で陽子の夢をみているころに、すでに陽子は林の中を歩いていたのかと思うと、啓造は自分の夢がたまらなくあさましく思えた。
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