ルイ ヴィ トン 新作 2011本物
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null  七月二十七日  西風。波のうねり大きく、何事も物憂《ものう》し。南の方に雲高し、真白き入道雲なり。  朝早く、水主《かこ》部屋より泣き声聞こゆ。何事かと入りて行くに、音吉床に伏して泣き居たり。かかることかつてなかりし故《ゆえ》に、皆口々に声をかく。されば音吉答えず。ますます声を上げて泣く。泣きやみし後、音吉言う。故里《くに》の夢を見たりと。父の声、母の声まざまざと聞こえ、その暖かき膝《ひざ》に手を触れしに、そは夢なりしと。恋しさにこらえ難くなり、泣きしとなり。  音吉利発なれぱ、吾《われ》ら大人よりもすべてにこらえ忍び居たりしが、その心の中の思い、今朝《けさ》は涙となりてあふれたるなり。僅《わず》か十五歳なれば、その涙いと哀れなり。  利七、一日部屋の片隅《かたすみ》によりて動かんとせず。ぶつぶつと独《ひと》り言《ごと》を言うのみなり。   八月三日  西風ややに激し。晴天なり。波|時折《ときおり》船端を越えてしぶく。嵐というにもあらざれど、アカ少し船倉にたまりたり。岩松、辰蔵、音吉、久吉も一日よく働らきたり。   八月十日  夜に至りて、久吉言う。小野浦の海に、時折火の玉飛びたり。されどこの大海にては見しことなし。如何《いか》なる故《ゆえ》にやと。音吉も故里を思いて言う。夏ともなれば、浜に櫓《やぐら》を立て提灯《ちようちん》を数多吊《あまたつ》るしたるなり。この灯《あか》りを慕いて蟹《かに》寄りきたり、女も子供も手桶《ておけ》に拾いたりしと。  目をつむれば、故里《くに》の山、家、人など、まざまざと目に浮かぶに、ああ再び見《まみ》ゆる日のありやなしや。   八月十五日  一日|曇天《どんてん》。風穏やかなり。  朝より皆々小野浦のことを言い出ず。今日は八幡社の祭りなればなり。久吉言う。三年前の今日、御蔭参《おかげまい》りより小野浦に帰り着きたりと。彼《か》の日の如く、如何《いか》にもして故里に帰り着きたしと。一同打ち沈みて答える者なし。やがて岩松言う。必ず帰るべし。心を強く持ちて、必ず必ず帰るべしと。その言葉に一同声を上げて泣きたり。   八月二十九日