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null「首相はただちに議会に出席せよ、登院不可能ならば、総辞職して善後処置をせよ」  と強硬に申し入れた。与党の民政党内でも、中野正剛らから、首相が登院不可能ならば総辞職すべきであるという声があがった。  やむなく幣原首相代理は、予算案が貴族院に回付された二月十九日に、 「(浜口首相は)今後意外の変化のない限りは、三月上旬中には出席致すことができるだろう」  と発表した。三月上旬の浜口登院——それまでは各派ともひとまず模様眺めということである。  二月二十六日の午後、小磯軍務局長は陸相官邸に宇垣を訪ねて、「大川が更に一度面会したいと申し込んできました」と伝えた。 「何か具体案でも献策しようというのではないでしょうか、何なら一度其の言わんとするところを書いて出させてみましょうか」 「そうだ、それがよい。会う会わんはそれからにしよう」〈小磯国昭『葛山鴻爪』(43年、丸の内出版)504〉  大臣室を出た小磯は、官邸の「第二応接」で待っていた杉山次官、二宮次長と一緒に、「例の議会の混乱と大川の問題」を検討しはじめた。やがて建川第二部長も加わったが、どうも宇垣の肚がもうひとつはっきりしない。  もう一度、二宮次長が代表して、宇垣の肚を探ることになったが、間もなく二宮は浮かぬ顔で戻ってきた。 「大臣も政局を心配している。そして�若し今後とも宇垣が政治的に動かねばならぬようなことでもあるとしたならば、諸君の協力を希望する�といっている……」  どうも雲を掴むような話だ——一同は首をひねったが、小磯が、「議会が混乱を続けていない限り乗ずる機会もない訳だから」〈同505〉、改めて議会を混乱させる必要がある、軍務局の鈴木貞一中佐が政友会の森幹事長と懇意なようだから、鈴木から森に工作させよう、と提案したので、一同賛成して四時すぎに散会した。  この夜、小磯は自宅に帰ると大川を呼んで、実行計画案を提出するように指示した。  大川が承知して帰ったあと、夜の九時半ごろ、呼び出しをかけてあった鈴木中佐がやって来た。鈴木氏は語る。 「小磯はまだ起きておって、�森恪に会って議会を混乱に陥れてくれ�という。�陸軍大臣が中心になって、議会を混乱させて軍の力でもって政権を立てるんだ�と、こういう話だった。 �これはとてつもない話じゃないか。僕は森恪とは非常に親しい、だから、議会を混乱させないようにということなら頼める。しかし、議会を混乱させてくれという話はだめだ、そんなことはうまくいくものじゃない、そういうことはできない�と僕はすぐ反対したんだ。  そしたらね、小磯という人は、なんというか非常に人間が単純というかね、僕がね非常なけんまくで言ったものだから、�それじゃもうやめた�と、ね。�それじゃ、そのことを陸軍次官に話してくれ�と、こういうわけなんだね」