ルイヴィトンダミエファセット
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null*  桜子が、ぷくっと頬をふくらませ、ぼくが指で突いてその頬を破裂させてやった。 「おにいちゃん、いつあんな人と知り合ったのよ?」 「昨夜電車の中でナンパしたんだ。今日遊びにくるように言っておいた」 「いやらしい。おにいちゃん東京に行ってから、ぜったいいやらしくなった」  桜子の頭に、軽く拳骨《げんこつ》をくれ、テープとストーブを止めて、ぼくたちは一緒に下におりていった。しかし本当に川村千里だとすれば、千里がなんだってぼくなんかを訪ねてきたのだろう。 『奇麗な人』という表現には多少疑問があったが、ぼくへの客は、やはり川村千里だった。千里は棺桶とは反対側の壁の前に、正座をして座り、ちょっとふてくされたような顔で居心地悪そうに祭壇を睨みつけていた。それを特に川村麗子の妹だと意識しなくても、やはり通夜の席には不似合いなほど、千里の周《まわ》りだけが春っぽい雰囲気に染まっている。  ぼくの顔を見ると、川村千里は急に表情を変え、そのまま中腰で歩いてきて、またぺたんとぼくの前に座り込んだ。 「この度《たび》は、ご愁傷様でございました」と、まるで学芸会の台詞《せりふ》でも練習しているように、畳に手を揃えて、川村千里が言った。  ぼくもへんな気分ではあったが、一応畳に膝をつき、「はあ」とか「どうも」とか、周囲に対して取りあえず無難な挨拶をした。 「今、ご焼香しちゃいました」 「ごていねいに、ありがとうございます」 「わたし、昨日、知らなかったんです」 「お互い様です。それで、今日、学校は?」 「今日は、半日です」 「それは、良かったですね」  お袋も姉貴も桜子も、それからその部屋にいた他の人も、全員がしっかりぼくらの様子を窺《うかが》っていたので、ぼくは目で千里に合図をし、精一杯さりげなくその部屋を抜け出した。われながらそれはかなりの演技賞だったはずだが、暑くもないのに、ぼくは腋《わき》の下と背中にびっしょりと汗をかいていた。