ルイヴィトンダミエトート
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null 戦から帰った忠興は、うつうつとして心晴れぬ玉子を、遠慮なく抱いた。が、玉子は骸《むくろ》のように応えなかった。  ひるも夜も笑顔を見せなくなった玉子に、忠興はようやく不安を抱いた。忠興にとって、美しい玉子は何ものにも替えがたい存在である。忠興は忠興なりに、玉子を愛していた。  城からもどる度に、見聞きしたことをぼつぼつ話して聞かせるのだが、玉子の顔は一向にほころばなかった。どんな話題が玉子を喜ばすのか、忠興には見当もつかなかった。  そんなある日、忠興は高山右近の邸に招かれた。翌朝、食事の折に忠興はいった。 「お玉、昨夜は牛肉というものを馳走になったぞ。なかなかうまいものだった」  玉子はいつものように、無表情にうなずいただけであった。 「それはよいのだが、右近はキリシタンでのう、食事の前に祈るのじゃ。声を出して、まじめな顔で長々と祈るのじゃ。何やら滑《こつ》稽《けい》になって笑うたら、あの右近が怒ってのう。デウスに祈る祈りを笑う者には牛肉を食わさん、とこうなのじゃ」  玉子の唇もとに、かすかな微笑がのぼった。忠興が戦から帰って、はじめて玉子は、かすかではあるが笑った。忠興は勢いを得て言葉をついだ。 「右近は本気で神を信じているのじゃのう。この右近をあしざまにいってもよいが、神への祈りは笑ってはならぬと真剣にいうのだ。わしは不信心で、仏のことさえよく知らぬ。そこで、神と仏とどうちがうと尋ねた」 「どうちがうと申されましたか?」  うつろだった玉子の目が光を帯びた。 「うむ。神という字を見よと右近はいった。神の字は、示す申すと書くであろう。神とは、自らを示し申すお方だとな。何を示し申すのだと尋ねたら、神の御ひとり子をこの世に下し、そのひとり子にご自分を示された、といっていた」 「神のひとり子にご自分を示された……」  つぶやくように玉子はいい、 「では、仏については何と仰せられました」 「仏は、人でござるという字じゃといった。仏は即ち人、迷いから解《げ》脱《だつ》し、悟りを得たる者の尊き霊とか申しておった。もとよりその教えは深く広い。また、人は仏にはなれても、神には決してなれぬとも申したわ」 「それから、何か仰せになられましたか」 「うむ、そうじゃ。神のひとり子キリストは、馬小屋に生まれたといっていた。わしは、おや、どこかで似た話を聞いたことがあると思った」