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miumiu キーケース定価編集

 周吉が裸足で外に飛び出して訊いた。  「ポロヌイ峠の麓だ」  「春子はいまどこにいる?」  「はねた馬車に乗せられて、浦幌の病院さ運ばれて行った」  「どこの馬車だ?」  「耕造だ」  名前を聞いて周吉はカアッと頭に血がのぼった。耕造は村木の小作人寅之助の伜で、見るからに気の弱い頼りない若者だった。  「定雄、すぐ馬車の支度ばせえ」と、周吉は言った。  「あんなうす馬鹿に馭者ばまかしておけるもんか」  彼はがっちりした自分の馬車を使いたかった。定雄が馬車を曳いてくると、周吉はひらりと跳び乗って疾風のように駈け出した。馬車は見る見る小さくなって原野の果てに消え失せた。ポロヌイ峠を越え、湿原にさしかかると、泥濘も凹凸もなしに周吉は暇なしに馬を追いたてた。馬の背中から湯気がぼうぼうと立ち昇り、後足(ともあし)のつけ根から泡が吹き出しても、彼は決して馬力を緩(ゆる)めなかった。  浦幌盆地にさしかかり、道路の向こうに耕造の馬車を捕えたときは、すでに浦幌の街に入っていた。  「荒馬の暴走だ」  学校帰りの生徒たちが道の両側に寄って、狂うように走ってくる馬車を見つめていた。病院の前に到着したのは、耕造の馬車と周吉の馬車と同時だった。ナミが春子に付き添っていて、たまげた顔で周吉を見ていた。  周吉は馬車から跳び下りるなり駈け寄ってきて、「春子」と呼んで抱き起こした。彼女は声も出せずに、ナミの手を握りしめていた。  「春子、もう大丈夫だ」と周吉は言い、春子を背負(おぶ)って病院の中へ飛び込んだ。  春子の傷は重かった。右肩の脱臼に右足骨折、それに腰に強い打撲を負っていた。診察室に入ったきり、春子はなかなか出てこなかった。待合室では周吉とナミと耕造の三人が長椅子に坐って、口もきかずに睨み合っていた。  「馭者も満足に出来んくせしてな」  周吉が腹に据えかねて口を切った。
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