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「だけど、海の中よりええわなあ。土があるだけでもええわなあ」  と、自分自身に言い聞かせるように言う。 「そりゃあ土があるだけでもええ」  音吉がうなずく、とにかく海には倦《あ》きたのだ。当てどもなく海を漂う生活には倦《あ》きたのだ。 (きっといいことが待っている)  あの白く輝く山脈の下に、悪いことがあるとは音吉には思えなかった。いつのまにか、岩松が二人を両腕で抱き寄せていた。その腕のぬくもりが、音吉と久吉を力づけた。      四  岩松、久吉、音吉の三人は、もう長いこと黙りこくって、死んで行った水主《かこ》たちの柳行李《やなぎごうり》を一つ一つあらためていた。今までは、たとえ死者の行李とはいえ、他の者の行李に手をふれることはためらわれた。だが、やがて上陸する時のために、三人は、遺族に持ち帰る遺品を選びはじめたのだ。音吉は、兄の吉治郎の行李をひらいていた。紺の刺し子、膝《ひざ》のあたりの少し擦《す》り切れた股引《ももひ》き、木綿縞《もめんじま》の着更《きが》え、一つ一つ見馴《みな》れたものばかりだ。これを着、これをはき、胴の間で、大きな声で何か言っていた姿が目に浮かぶ。 (兄さ、陸が見えてきたで)  音吉は心の中で呼びかける。行李の隅《すみ》には、思いがけなく鳩笛があった。いつ、どこで買ったものか、音吉にはわからない。鳩笛は、裸のままころがっていた。その鳩笛を、音吉はそっと口に当てて吹いた。もの悲しい音色がひびいた。岩松と久吉が音吉をふりかえった。 「何や、鳩笛やないか」  尋《たず》ねる久吉に音吉がうなずいた。 「ああ、兄さのや」  岩松も久吉も黙ってうなずいた。 (この鳩笛を、兄さは吹いたことがあるのやろうか)  吉治郎の唇《くちびる》がこの鳩笛にふれたことがあるのかと思うと、音吉は懐かしさに胸が迫った。
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