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2015-02-05 17:30    グッチ長財布アウトレット
 その十一月の中旬、海軍軍医中尉に任官したばかりの城木達紀は、空母瑞鶴に赴任するため、軍医学校の同僚と共に倉皇と東京駅を発った。  老いかけた父母と、一人きりの弟との意味もない短い会話。遅れて駈けつけてきた叔父がしきりに冗談をとばし、しきりに彼を励ました。そして、すぐ発車である。  すべてが慌しく、寝苦しい夜の夢のようで、ただ彼自身、その目まぐるしい時間の推移に我ともなく身をゆだねている状態といってよかった。ここ数日に折重なった軍医学校の形ばかりの試験、卒業式、茶話会、荷造り、母校の医局への挨拶、退校式、そして出発。  だが、この春から——彼が東大医学部を卒業して都築外科に入局したときから、この慌しい流れは始まっていたのではなかったか。甲種合格の彼は海軍二年現役を志願していた。教授は海軍の軍医少将で、フレッシュマンの城木に、はじめから虫様突起炎はもとより、本来ならもっと古手のやる胃の手術にまでメスをとらせてくれた。九月に彼は海兵団に入り、銃剣術と行軍を一カ月やらされ、ついで築地の軍医学校で海軍衛生学をまことに即席に叩きこまれた。その間にも、日本をとりかこむ世界情勢は、日と共に変化し、ひしぎあい、切迫しつつあった。軍医学校の内部でも、必然的に或る重苦しい空気が醸しだされていた。いずれは何かが起る。戦争をやるかやらないかの問題ではない。いつかは、どこかで、新しい解決法をとらざるを得ない立場に日本は追いこまれているのだ。やるより方法がないのだ。城木も当然そう感じたが、心の一方では、まさかという気持が理窟よりも根強くはびこっていた。なかんずくアメリカと事をかまえるなどとは、いくらなんでも、まさか。  ……単調な絶えることのない車輛の振動——果てしないような、ときには意外に短く感じられる或る距離を走りきると、汽車は速度を落し、きしみながら一つの駅に停車した。そのたびに、ふと我に帰ったような気がすることもある。逆に、汽車がふたたび動きだし、窓外を流れ去る丘陵や雑木林をぼんやりと目で追っていると、さきほどの車輪の響きの休息が、ひとときの夢であったかと思われることもある。わざとしたような輝かしい初冬の空であった。空は酷薄なまでに晴れあがり、雑木の葉が枯れ黄ばみ、そこに淡い日ざしがこぼれ、戯れていた。幾つかの都市が過ぎてゆき、やがて寒みを帯びた水色の空を暮れ残して、風景はたそがれた。  二等車の車内には軍医学校の同僚が大勢いた。送ってきた教官もいた。しかし、ひとしきり盛んだった笑い声、とりとめもない放談はじきにとだえた。とうに夜だった。汽車はひときわ速度を増したかのように走りつづける。大抵の者は寝いっていた。誰もが昨夜もろくろく寝る閑もなかったはずだ。城木達紀も第一種軍装の胸に頤をつけるようにしてまどろんだ。  呉で、半数の者が下車をした。呉と麻里布へ行く連中である。彼らはそこでそれぞれの艦に乗艦するのである。短い挨拶、短い握手、そして彼らは海軍行李をかついで暗いホームに降りてゆく。民間人が乗りこんできて、彼らの立った座席はすぐ埋まる。  暁方、連絡船が関門海峡を越えた。城木にとってははじめての体験である。門司で、また佐世保行のかなりの人数が別れる。急に車内が——べつに空席があるわけではないが——がらんとしてしまったようだ。あとに残ったのは城木達紀を含めて四人のみである。彼らは、彼らの艦のいる佐伯まで行くのである。  佐伯で、三人の者は予定通りの行動をとれた。一人は戦艦陸奥へ、二人は空母赤城へ、それぞれ手をふりながら定期内火艇に乗りこんだ。残った城木は桟橋に立ってそれを目送した。しかし、彼の乗るはずの新鋭空母瑞鶴はすでにここにはいなかった。「出だしがわるいな」と彼は独語した。 「また逆戻りか」荷物をかついで歩きだす。瑞鶴は十八日まで呉にいて、十九日出港するとのことである「急遽十八日までに呉にて乗艦すべし」というのが彼のとるべき行動であったが、旅の疲れが五体の節々にまでこみあげてくるのを彼は感じた。今日はまだ十六日である。佐伯防備隊へ行って了解を得、汽車の時間を調べ、その夜は別府に一泊した。一風呂あびると、ほっとしたような、何事もなかったような気が蘇ってきたが、その夜、彼は何度も胸苦しい夢から目覚めた。薄墨色にひろがった湾内に目ざす瑞鶴の姿がある。小さなボートに乗ってそこに辿り着こうとすると、見る見るその艦体が遠ざかっていってしまう。  翌朝、早朝の汽車に乗り、ふたたび関門海峡を渡る。今日もまたどこまでも突きぬけるように澄みわたった空である。右手にはのどやかな海が展けている。左手にはゆるやかな起伏をもつ中国の山々が連なっている。それにしても、なんという罪のない、なごやかな、眠気をもよおさせる眺めであろう。昨日は周囲にいた同僚はすでにいない。汽車にゆられているのは城木ただ一人である。漠然としたいらだち、かすかな不安につきまとわれながら、城木はこの冬を迎えようとしているおおらかな自然を眺めた。群がり立つ松の緑が柔らかい。松はこれほどまで親しみぶかい色彩をしていたものか。  夕刻、呉に着いた。海軍定期発着所に赴くと、沖にいるべきはずの瑞鶴の姿がない。予定をくりあげて出港したあとなのであった。昨日にもまして、疲労が——思わず気が抜けてゆくような疲労感が城木達紀の全身をおおった。しかし愚図々々している場合ではない。鎮守府の人事部へ急いだ。艦の行方がわかるまで小半時を要した。瑞鶴は十八日の夜中まで大分に入港しているとのことである。艦からして慌しい行動をとっている。直ちに荷をまとめて引返す。汽車の連絡のあいだ、真夜中の広島の町を少し歩いてみた。ここも城木には未知の町である。そうした未知の旅、しかも否応なしの緊迫した旅中にあるという感慨が、暗い町中からおし寄せてくるようであった。  三たび関門海峡へ向って動きだした車中で、彼は平和に眠っているであろうわが家のことを考えた。自分でも意外なほど、しんとした気持で父母のこと、弟のことを思った。それから二、三の友人のことも思った。中学を出てからも交際をつづけてきた楡峻一のことも意識にのぼってきた。  城木と時を同じくしてこの春に慶応大学精神科の医局にはいった楡峻一は、やはり九月の初めに召集を受け、東部第七部隊に入隊していた。城木の立場とは異なり、峻一にとってそれは文字どおりの青天の霹靂、思いもよらなかった運命といえた。彼は第一乙で、兵役に関しては、少なくともずっと先のことと思っていたようだった。事実、この報知を聞いたとき、城木もなぜとなく可笑しくなってしまったのを覚えている。むかしから飛行機気違いで、日米戦未来記などという小説本には目がなかった男だが、そのひょろりと間のびして育った身体つきや顔つきを考えただけでも、戦争とはおよそ縁もゆかりもない、役立たずの人間としか思えなかった。峻一はとりあえず軍医候補生の志願をしたらしいが、或る期間は一兵卒の生活を送るにちがいなく、中学時代の教練の際の峻一を思いだすにつけ、気の毒なような、可笑しいような気分がこみあげてならなかった。  この十月の末、日曜日の外出日、城木は峻一の家に電話をしてみたことがある。ひょっとしたら峻一と会えるのではないかと思ったのである。その目的は果せなかったが、しかし城木は峻一の妹の藍子と会った。電話口に出た藍子が——いつもは単におしゃまで可愛らしい友人の妹とのみ思っていた藍子が、ひどく真剣な声で、ぜひお会いしたいと言ったのである。彼女は渋谷まで出てきて、喫茶店で茶を飲んだ。峻一を除いて、その妹と二人だけで会うのは、城木にとって初めての体験であった。そしてハチ公の銅像前で藍子の姿を認めたとき、城木は彼女がいつの間にか急に成長したように思われ、ほんの瞬間どぎまぎしたものであった。しかし、彼女はやはり小さな乳臭い女学生にすぎなかった。 「お兄さまは痩せちゃったわ、ずいぶん。陸軍って、いやあねえ」  そう言って藍子は、まだ幼なげな眉をしかめてみせた。