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ルイヴィトンファセット編集

 雪夫は克彦の親たちのほうに、ふっくらとした小さな手をひろげて、抱かれたがった。克彦の母は思わずその雪夫を抱き上げたが、克彦に似ているとはひとことも口に出さなかった。克彦は雪夫をひざに抱いて、 「ぼくの小さいときの写真に似ているなあ」  と頬ずりをした。克彦の子だと、のどまで出かかった言葉を明子はのみこんだ。かたくなに雪夫を拒む親たちをみると、今後どんなことがあっても、自分一人の手で雪夫を育てようと思わずにはいられなかった。  明子は、再び雪夫を九我家につれていくことをしなかった。  克彦は、雪夫が生まれるまえに退院して以来、かなり落ちついてはいた。とは言ってもますます外に出ることはなくなり、自宅の研究室のドアも窓も、鍵をかけて人を警戒した。時折り明子が訪ねると、 「ぼくは水虫の薬を、もう発明することはやめにしました。何と言ってもあの薬は世界が待っている薬ですからね。ぼくの命を狙《ねら》っているのが何人もいるんです」  と、真顔でいう。 「大丈夫よ。誰もあなたの命を狙ったりしていないわ」  なだめられると、克彦は、 「明子さん、かわいそうに何も気がつかないんですねえ」  と、明子を憐れむのだった。そんなことを言いながらも、目立った変化のないままに、克彦は家でぶらぶらしていた。  翌年の七月、急に克彦は食事を拒否するようになった。ごはんの中に毒が入っていると言って、きかないのである。幾日もそんな状態がつづいて、ついにまた牧浦病院に入ってしまった。牧浦は、以前と同じように克彦のために通う明子を慰めて言った。 「明子さん、よくつづきますね。あなたには、ぼくも完全にシャッポをぬぎましたよ」 「あのね先生、わたしね、こう思うことにしてますの。毎日毎日が新しいんだって。わたしは決して昨日のくり返しを生きてるつもりじゃありませんわ。そして克彦さんの病気だって、きっとなおると信じてますの」  明子の顔には、疲れの影はなく、生気がみなぎっていた。 「偉いなあ。ぼくがあなたなら、絶望してとっくにやけになるところだろうなあ。たしかにね、明子さん、医学は進んでいますからね、あなたのおっしゃるように、克彦君のような治りにくい分裂症だって、やがてはなおるときが来るかもしれませんよ。昭和二十七年のいまと戦前とでは、かなり違いますからねえ」  牧浦は明子を励ました。 「そうよ先生。わたしの知人にも、医師になおらないと言われたのが、いまでは元気になっている方がいらっしゃいますもの」
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