ダミエ ファセット ジョーヌ
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null「アイツは私が呼びだしたんだから、私がなんとかするしかないの。それが飼い主の責任ってもんでしょ」 「飼い主かよ?」  ゆり絵はもう、何も言わなかった。  教室に入り、机に学生カバンを放り乗せたゆり絵は、少年そのものの歩き方で教室を出ていく。手助けはいらないと言われてしまうと、僚にできることは何もない。保健室に向かう自分の後ろ姿を、祈《いの》りをこめて見送るだけだ。  沙希《さき》はもう学校に来ていて、イスに座り、机に肘《ひじ》をついている。醒《さ》めない夢にたゆたっているような、とろんとした瞳《ひとみ》で虚空《こくう》を見つめている。  修学旅行中の岡下《おかした》先輩《せんぱい》と電話をしたことで、ゆり絵(中身僚)への関心はどこかに行ってしまったらしい。  お姉様ぁ……と、言葉の形に唇《くちびる》が動いた。岡下先輩とテレフォンセックスでもしたのかもしれない。  ——沙希のほうはだいじょうぶそうだな。勇作は……あ、来たな。  廊下の向こうから、女の子達の嬌声《きょうせい》が響《ひび》いてきた。 「おはよう。みちるさん、今日もかわいいね。大好きだよ」 「芹菜《せりな》さん、髪《かみ》を切ったんだね? 今日はとびきり綺麗《きれい》だね。似合うよ」  黄色い声に混じって、イタリア王子が愛嬌《あいきょう》をふりまく声が聞こえてくる。  勇作は、転校数日にして、学校中の女子生徒の名前を完璧《かんぺき》に覚えてしまった。  男子生徒は、はじめ転校生の行動に、死んでしまえばいいのに、とばかりの醒めた視線で眺《なが》めていたが、今ではまたやっているという程度の認識だ。  女子生徒全ての名前と趣味《しゅみ》を全部|把握《はあく》し、髪型《かみがた》の違いまで気付くなんて、普通《ふつう》の男にはとてもできない。あきれているというよりは、あまりの勇作のすごさに脱帽《だつぼう》してしまい、どうでもよくなってしまったのだ。  男は顔だけで女性の人気を得るのではないという事実を目の当たりにすると、嫉妬《しっと》する気さえ消滅《しょうめつ》してしまう。  嬌声がしだいしだいに近づいてきて、やがて教室のドアが開き、勇作が入ってきた。  女の子たちがそわそわと立ちあがり、教室の空気がパッと華《はな》やぐ。