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シルク スカーフ 再利用編集

 詩織は、唯一の身内に会えたような歓声を上げた。自宅にあるときはあんなに埃《ほこり》まみれになっていた車が、汚れを洗い落とされ、霧雨にしっとり濡れて、つややかな肌を見せている。 「さっき、番頭さんが洗ってくれたんです。しかしこの雨の中を走ったら、じきに汚れちゃうな」  その番頭が中から出てきて、「お帰りですか、またどうぞお越しください」とお辞儀をした。  浅見は詩織のために助手席のドアを開けてくれた。考えてみると、詩織にとって、車を買ってから、助手席側のシートに坐るのははじめての経験であった。 「この車、かなり目立ちますね」  アクセルを踏んで、車をスタートさせてから、浅見は照れたように言った。 「ええ、こっちの運転が下手でも、相手が避けてくれるようにって、父がこの色を指定したものですから」 「なるほど、そうか、そうですね……」  浅見は妙に感心して、しきりに頷《うなず》いた。  強羅温泉街の右手から急な坂を登って、大涌谷《おおわくだに》を経由して芦《あし》ノ湖《こ》畔の湖尻《こじり》に下りた。駐車場に車を停め、大きなドライブインに入る。霧でけぶる湖面を、遊覧船がゆっくりと滑って行くのが見えた。 「両親と、あの船に乗ったことがあるんですよ。もう十何年も前だけど」  詩織は懐かしそうに話すのに、浅見は「そうですか」と、とおりいっぺんに相槌《あいづち》を打って、どんどん先に立って歩き、広いフロアのいちばん隅のテーブルについた。  二人とも軽い食事をということになって、サンドイッチとコーヒーを注文した。 「昨日はあの旅館に泊まったんですか?」  浅見が黙っているので、詩織はわれながらつまらない質問をした。 「ええ、いまどき、箱根に来て、フリーで泊まるところを探すのは、よほど間が抜けているらしいですね。あそこにちょうどキャンセルがあったので、助かりました」 「あら、私もね、小田急のロマンスカー、キャンセル待ちだったんです。正午までに間に合うかどうか、不安でした」 「そう、悪いことしちゃったかな、呼び出したりして」
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