セリーヌ財布二つ折り
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null 千代は、それが、おそろしかったのです。ばかげた娘だと、みんなにわらわれることが。そして、そこから、もうひとつの重苦しい秘密が、みんなに知れわたることが。  千代は、十四でした。  みなしごで育ち、そこかしこの家々の、子守《こも》りや使い走りをしながら大きくなりました。学校は、ほんのいろはを習っただけでやめました。そして、十四になったばかりのある日、やさしそうな、きれいなおばさんが、その山の村に、千代をたずねてきて、いったのです。 「どう、あんた、うちで女中をしない? 町の宿屋なの。お給金はずむよ」  こってりとお化粧した顔をほころばせて、その人はわらいました。おしろいのにおいが、千代の心をくすぐりました。  千代は、一も二もなく承知して、翌日にはもうこのおかみさんといっしょに汽車に乗っていました。  かど屋というその宿屋は、ふもとの町の駅前にありました。千代は、かど屋についたその日から、もうたすきをかけて、ふきそうじやら、水くみやら、洗濯をしました。千代は働くことを、いといませんでした。みなしごの自分には、どこへ行ったって、そうらくのできる場所があるわけがないと思っていましたから。  千代のいちばんすきな仕事は、店のガラス戸をみがくことでした。『お宿かど屋』と書かれた、重たいガラスの引き戸に、はっはと息をかけ、すみからすみまでみがきあげると、ガラスは美しくすきとおり、その大きな四角の中に、遠い山並《やまな》みを、くっきりと映《うつ》しました。千代は毎朝、四枚の引き戸を、ていねいにみがきました。そして、この仕事をしながらふと、自分の遠い未来を思ったりするのでした。  千代が夢みているのは、いつかいい人のおよめさんになることでした。その人は、たぶん千代にとって、たったひとりの身寄りなのでした。そういう人が、いつか自分をむかえにきてくれると思うと、千代はこのごろ、胸の中が、ぽーっと明るんでくるのでした。  さて、ある日のこと。  あれは、春のはじめの、ほんのりとかげろうのたつ朝でした。  店の湯気でくもったガラス戸のむこうに、千代は、ふしぎな人かげが、遠くゆらゆらゆれるのを見たのです。 (こんなに早く、もうお客さんだ)  千代は、いそいでガラス戸のかぎをあけようとしましたが、かじかんだ指は、なかなかいうことをききません。  その人は、馬に乗っているように思えました。そして、ちょうど、白い大きな鳥が、ふうわりととぶような感じに、だんだんこちらへちかづいてくるのでした。それから、千代の方を見て、ゆっくり片手をあげたのでした……。  千代はびっくりして、思わず左手でガラス戸をこすりました。が、透明になったガラスのむこうには、だれもいませんでした。雪どけ道が、駅の方へとつづいているだけでした。  なんだか、ばかされたような気がして、千代は、しばらくぽかんとしていました。  ところが、その翌朝《よくあさ》も、湯気でくもったガラス戸のむこうに、千代はおなじまぼろしを見たのでした。馬に乗った人は、とても大きく、りっぱに思えて、このとき、ふっと千代の胸は、ふるえました。