ルイヴィトンポルトフォイユマルコ
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(ルイヴィトン)LOUIS VUITTON モノグラム ポルトフォイユ・マルコ M61675 [並行輸入品]
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(ルイヴィトン)LOUIS VUITTON モノグラム ポルトフォイユ・マルコ M61675 [並行輸入品] 
null  思えば、酒を飲んでいた頃がなつかしい。つい二三ヶ月くらい前までのことであるが、もう遠い昔になったような気がする。最近私は軽い脳溢血を患う身となって、全然酒を止めたのである。酔歩|蹣跚《まんさん》として帰るなんてことも、もう出来なくなった。酒呑み特有の、鼻の先の赤くなる朱鼻症という病気は、酒を廃せざる限り絶対に癒らないものだそうであるが、その朱鼻症の徴候のあった私の鼻も、おかげで赤みが大分薄らいで来た。自分では喜んでいるが、ひとによっては、「武智さんの鼻の頭が、だんだん赤くなくなって来たのを見ると、なんだか淋しいですなア」と言うのである。  以前は、蹣跚どころの沙汰ではなく、蹌踉《そうろう》と形容せねばならぬていたらく[#「ていたらく」に傍点]が、長くつづいたのだった。「昨夜は大変好い御機嫌でお帰りになるところをお見かけしましたよ」と、ひとから言われたことは、何度か知れなかった。「踏切の所を這うようにしてお帰りになっていられましたよ」と、身真似をしてからかわれたこともあった。「右に往ったり左に往ったり、ゆらゆらしてお帰りになっていましたよ」と、私の後姿を見送ったという人もあった。これは或る飲み屋のおかみの話であったが、「名の知れた小説家なのに、だらしがないなア。もっとしゃん[#「しゃん」に傍点]とすればいいのに」と、皆で話し合ったということだった。  これらはみんな、笑い半分の話であったが、笑ってばかり済ませないこともあった。それは、私の古くからの親友の一言だった。彼は或る晩遅く、訪問先から国電の駅の方へ帰っていた。「武智の奴、今夜も多分酔っ払って帰って来るにちがいない」と思いながら歩いていると、案の定、フラフラとした足取りで帰って来る私の姿を認めたのである。私と彼とは、すれ違ったそうである。私は知らなかった。 「君は、僕に気附かなかったろう。」と、友人は鋭い目を据えて、私を責めるように言った。 「うん、全然気附かなかった。」私は友人の前に恥じた。 「そうだろうと思った。僕は君を見て、実に嫌やな気がしたんだ。それで、君の通り過ぎるのを、道の端に除けて、わざと声もかけなかったんだ。」  醜態を曝した自分の姿が目に見えるようであった。私はドキリとした。その一言は、私の胸に突き刺さった。私は古い親友からも愛想を尽かされて、見放されてしまったのかと脅えた。私は首垂れるばかりで、返事が出来なかった。 「君は、旅行をしようと思えば、俺なんかと違って、いつだって出来るんだから、酒が飲みたければ、旅先で飲むといいよ。」と、最後は彼らしい真実を籠めて、私に忠言をした。  駅附近から私の家に帰るには、三方からの道がある。かなり遠いその何れの道も、夜になれば、まっ暗な、淋しい森蔭を通らねばならぬ。女子供の一人歩きが物騒なだけでなく、男の私でも、酒を飲んでない時は、些細な事でビクッとすることがあった。大概は前後不覚で通り過ぎるのであったが、幸なことには、どんなに夜遅く酔っ払って帰っても、追剥や何か、危害を加えられるような目には遭わずに済んだ。たった一度だけ、一寸おっかない思いをしたことがあったきりである。その晩も、私は例の如く鼻唄交りで、尼寺の脇の坂を降っていた。そして、先を歩いて行く同じ酔っ払いらしい男を、追い越そうとした時だった。その男が突然[#「突然」に傍点]私のそばに寄って来た。「親爺、酒を飲ませろ」と言いざま、片腕で私の首を抱え込んで、歩きはじめたのである。若い男だった。私は気味が悪かったが、平気を装った。 「親爺の家は、どこだ。」 「僕の家は、弁天町二丁目だ。」 「これから、親爺の家へ行って、酒を飲ませろ。」 「僕の家へ行ったって、酒はないよ。」 「ないはずはない。飲ませろ。」  彼は別に手荒く私の首を締めようなどとはしなかったが、しつこく絡みながら、私の首を抱え込んだ腕を放そうとはしなかった。私は乱暴せられては困るので、無理にそれを振りほどこうとはしなかった。私は無抵抗に、彼になされるがままになっていた。言葉もやさしくした。 「君の家は、どこですか。」 「俺の家は、弁天町三丁目だ。」